今も人々の記憶に残る喫茶店や飲食店の痕跡は、消えてなくなるだけ?

2026年3月16日月曜日

雑記 昭和 平成の味覚

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 いったん気になりはじめるとず~っと考え続け、頭の裏側で妄想しているあいだは、いいけれど、取りつかれたみたいに検索し続け、人にそれとなく聞いたり、図書館に行って調べたりし始めたりする。物事に執着しやすい人というのは、一定数いて、わたしもその範疇に入るみたいだ。

こういう傾向は子供のころから持っていた。例えば、小学校高学年のころ、赤毛のアン、若草物語、少女レベッカ、制服の処女、などを読みふけるうちに、西洋社会のキリスト教的倫理観に触れた。

父さんが、子供用聖書の絵本、赤の箱入り2冊組、とカトリック教会出版の新約聖書を、買ってくれた。

どちらも、今も装丁を思い出せるほどの端正なつくりの本だったけれど、肝心かなめの中身は、数ページ読んだだけで、退屈極まりなくてほとんど読めないままだった。

それでも、少女小説を通して、キリスト教には、プロテスタントと、カトリック、という2大宗派があり、プロテスタントにも、清教徒の宗派があり、それが、若草物語にしばしば出てくる教会、なのだ、ということを知った。キリスト教という概念を、わたしは少女小説を通して知った。

中学生になり、社会の授業で、キリスト教のプロテスタントとカトリック、ロシア正教、を教える回があった。

授業時間は、毎度、ぼんやりと他のことを妄想するのが習慣になっていたのに、その時だけは、集中して授業を聞いた。

授業の内容が物足りなくて、先生に質問したけれど納得がいかず、家に帰って、平凡社の国民百科事典と、玉川大学児童百科大辞典で、キリスト教の項目を引いて考えこんだ。14歳のわたしは、自分が信仰すべき宗派を知りたかったのだ。

結局、どの宗派が「正しい」のか、見極められなくて、うやむやのまま、キリスト教的少女小説の世界に憧れを持ったまま気が付いたら大人になり、キリスト教への興味は薄れていった。

大好き!これだ!と思う対象を見つけて、のめりこむことで、日常逃避をする傾向がわたしにはある。

さんたつ by 散歩の達人、にも投稿したけれど、60年代~70年代頃、全国にあった喫茶店、あるいはレストランの「風車」が気になっている。

当時、「風車」はチェーン店もあったけれど多くは個人経営の店だった。故郷の広島市内にも、1965年の「ひろしま駅ビル」開業と同時に創業した「カフェ風車&生そば処水車」が、今も市内に3店舗ある。

 大阪の阪急百貨店にもかつて、直営の「喫茶・レストラン風車」風車チェーンがあった。1959(昭和34)年開業だ。こちらの方は、阪急食堂からはじまった「風車」のチェーンで、大阪で、60年代70年代に物心ついていた人なら、あぁ、あの風車ね、と郷愁を持って語られるような存在だ。その意味では、広島の「風車」と良く似ている。

わたしは、そんな多くの人の想い出に刻み込まれている飲食店に惹かれる。ある時代に一定の成功を治めたチェーン店というのは、今で言ったら、サイゼリヤ、とか、くら寿司チェーン、みたいに語り継がれていく。

ネット以前に隆盛を極めた、あるいは一定の成功を治め、今では人々の記憶にしか存在しないお店の確かな痕跡を、わたしはネットの世界に、刻みつけたいのだ。

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